会社員人生の最後に手にする退職金。受け取り方を「一時金」「年金」「併用」のどれにするかで、手取りが数百万円単位で変わることはあまり知られていません。会社のパンフレットには数行しか書かれていないこの選択を、税制とライフプランの両面から整理します。

葵
退職金の受け取り方は大きく3つに分かれる
会社の退職給付制度には、受け取り方の選択肢が用意されているケースが多くあります。代表的な3パターンは次の通り。
- ① 一時金受取:退職時に全額を一括で受け取る。税法上は「退職所得」
- ② 年金受取:5年・10年・15年・20年など決められた期間にわたって分割で受け取る。税法上は「雑所得(公的年金等)」
- ③ 一時金+年金の併用:一部を一時金、残りを年金で受け取る。両方の税優遇を組み合わせられる
同じ退職金額でも、選んだパターンによって税金・社会保険料・受取総額が変わります。判断材料は「退職所得控除」「公的年金等控除」「社会保険料への影響」「他の所得との合算」の4点。ひとつずつ見ていきます。
① 一時金受取の税制:退職所得控除と1/2課税で圧倒的に有利
一時金で受け取った退職金は「退職所得」として、給与所得や年金所得とは分離して課税されます。計算式は次の通り。
退職所得=(退職金 − 退職所得控除額)× 1/2
退職所得控除額は勤続年数で決まります。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(最低80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年) |
勤続38年なら、控除額は800万円+70万円×18年=2,060万円。退職金が2,000万円なら控除内に収まり、退職所得はゼロ・所得税も住民税もかかりません。
控除を超えた部分も「1/2課税」が適用されるため、給与と比較すると税負担はかなり軽くなる設計です。さらに退職所得は他の所得と合算されず、分離課税で完結します。
② 年金受取の税制:公的年金等控除と社会保険料の影響
年金形式で受け取る退職金は「雑所得(公的年金等)」として課税されます。65歳以降であれば、公的年金(国民年金・厚生年金)と合わせて公的年金等控除が使えます。
| 年齢 | 公的年金等の収入 | 公的年金等控除額の目安 |
|---|---|---|
| 65歳未満 | 130万円以下 | 60万円 |
| 65歳未満 | 130万円超〜410万円以下 | 収入×25%+27.5万円 |
| 65歳以上 | 330万円以下 | 110万円 |
| 65歳以上 | 330万円超〜410万円以下 | 収入×25%+27.5万円 |
※2026年5月時点の概略。実際の計算は他の所得との合算で変動します。
注意点は3つ。1つ目は運用益部分が課税対象に加算されること。会社や保険会社が退職金を運用しながら分割で支払う仕組みのため、受取総額は一時金より増えますが、その分も雑所得として課税されます。
2つ目は国民健康保険料・介護保険料への影響。これらの保険料は所得に応じて決まるため、年金受取の年は保険料も上がります。一時金受取なら退職所得は計算に含まれません。
3つ目は合算対象。公的年金・企業年金・個人年金など他の年金所得がある場合、すべて合算されて公的年金等控除を超えた部分が課税されます。

ひより
③ 併用受取:両方の控除を活かす「いいとこ取り」
会社の制度によっては、退職金の一部を一時金で、残りを年金で受け取れます。この場合の戦略は明快で、退職所得控除の枠を使い切る範囲を一時金、超える部分を年金に回す形が王道です。
例えば勤続38年・退職金2,500万円のケース。退職所得控除は2,060万円なので、一時金として2,060万円受け取れば退職所得はゼロ。残り440万円を年金として10年で分割受給すれば、年44万円ずつの雑所得が乗ります。65歳以降であれば公的年金等控除110万円の範囲内に収まる可能性が高く、税負担を最小化できます。
ただし、併用受取を選べるかどうかは会社の退職給付制度次第。確定給付企業年金(DB)や厚生年金基金は併用可のことが多い一方、退職一時金制度のみの会社では選べません。在職中に人事担当部署や規程で確認しておく必要があります。
勤続38年・退職金2,000万円のシミュレーション
同じ条件で3パターンを比較してみます(あくまで概算・税率は2026年5月時点・他の所得や控除を加味すると変動します)。
| パターン | 受取総額の目安 | 所得税+住民税 | 社会保険料への影響 |
|---|---|---|---|
| ① 一時金 2,000万円 | 約 2,000万円 | 0円(控除内) | なし |
| ② 年金 10年で受給 (運用利率1.5%想定) | 約 2,150万円 | 約 70〜120万円 (他所得・年齢で変動) | 国保料・介護保険料が上昇 |
| ③ 併用 一時金 1,400万円+年金 600万円 | 約 2,050万円 | 約 20〜40万円 | 軽微 |
このケースでは一時金受取が手取りで最大。ただし「2,000万円を一括で運用する自信がない」「老後の生活費を自動的に確保したい」場合は年金受取の安定感に価値があります。判断は税金だけで決めず、退職後の生活設計とセットで考えるのが現実的です。
iDeCo・企業型DCがある場合の受取順
iDeCoや企業型DC(確定拠出年金)の一時金受取も「退職所得」扱いになります。同じ退職所得控除の枠を退職金と分け合うことになるため、受け取る順序とタイミングが手取りを左右します。
2026年1月の税制改正で「10年ルール」が導入され、退職金とiDeCoの両方を一時金で受け取る場合、同じ年または前後10年以内に受け取ると退職所得控除が重複しない仕組みに変わりました。
この10年ルールの詳細と最適な受取順序については、別記事で具体例を解説しています。退職金とiDeCoが両方ある方は、受取の前年までに必ず確認してください。
判断の軸:税金・生活設計・運用の3点で考える
退職金の受け取り方は「税金が安いほうを選ぶ」だけでは決められません。次の3つの軸で考えると、自分にとっての最適解が見えやすくなります。
- 税金・社会保険料:退職所得控除の枠を使い切れるか、年金受取で公的年金等控除が活かせるか、国保料への影響はどの程度か
- 生活設計:退職後の毎月の支出をどう賄うか。年金受取は強制的に分割される安心感、一時金受取は手元資金の自由度
- 運用:一時金で受け取った場合に自分で運用できるか。新NISAやiDeCo継続拠出の余地はあるか
会社の人事担当部署や、退職金制度を運営する信託銀行・生保会社は、税金面の最適化までは個別相談に乗ってくれないのが通常です。受取直前ではなく退職の3〜5年前から、ご自身のライフプランと税金を一緒に整理しておくと、納得のいく選択につながります。
まとめ:会社の制度を把握し、自分の所得状況に合わせて選ぶ
退職金の受け取り方は、税制と生活設計の交差点。一時金受取は退職所得控除と1/2課税で税負担が最小化されやすく、年金受取は運用益と安定収入が魅力。併用受取は両方の控除を活かせる強い選択肢です。
まずは在職中に会社の退職給付規程を確認し、選べる選択肢を把握すること。そのうえで、勤続年数・退職金見込み額・iDeCoの残高・退職後の収入見通しを一覧化しておくと、最適な受取パターンが具体的に見えてきます。

ひより
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※ 本記事は2026年5月時点の情報をもとに作成しています。制度・税制・市況は変更される可能性があります。個別の税額・受取額は他の所得や家族構成によって変動するため、実際の判断は税理士・FP等の専門家に確認のうえ行ってください。


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